
ひとは過ちをどこまで、赦せるのだろう。 不義の子・謙作の魂の昇華を描破した、日本近代文学の最高峰。 祖父と母との過失の結果、この世に生を享けた謙作は、母の死後、突然目の前にあらわれた祖父に引きとられて成長する。鬱々とした心をもてあまして日を過す謙作は、京都の娘直子を恋し、やがて結婚するが、直子は謙作の留守中にいとこと過ちを犯す。 苛酷な運命に直面し、時には自暴自棄に押し流されそうになりながらも、強い意志力で幸福をとらえようとする謙作の姿を描く。用語、時代背景などについての詳細な注解を付す。 著者の言葉 讃岐へ旅行をして屋島に泊った晩、寝つかれず、色々考えている内に、若しかしたら自分は父の子ではなく、祖父の子ではないかしらという想像をした。(略) 翌朝起きた時には自身それを如何(いか)にも馬鹿々々しく感じたが、私は我孫子で今は用のなくなった書きかけの長篇を想いながら不図(ふと)この事を憶(おも)い出し、そういう境遇の主人公にして、それを主人公自身だけ知らずにいる事から起る色々な苦(くるし)みを書いてみようかと想いついた。この想いつきが『時任謙作』から『暗夜行路』への移転となった。(「あとがき」) 本書「解説」より 時任謙作という人物の大きい魅力は、にもかかわらずという生活の意志に尽きる。「直子を憎もうとは思わない。自分は赦す事が美徳だと思って赦したのではない。直子が憎めないから赦したのだ。又、その事に拘泥する結果が二重の不幸を生む事を知っているからだ」――これが謙作の決意である。作者は、人間の過失をできるだけ軽く考え、また、不幸に拘泥することを避けようと努めている。これは武者小路実篤などにも通じる生き方だと思う。白樺派一般に共通するものである。 ――荒正人(文芸評論家)
An'ya Kouro is a Japanese novel of 262,993 characters, with 10,770 unique words and 2,315 different kanji. Its difficulty rating on Jiten is hard, 3.9 out of 5. The full vocabulary list ranks all 10,770 words by how often they appear, and you can study them on Jiten or download them as an Anki deck.
Here are some of the words that appear most often in this media, as well as a sample of its rarer vocabulary.